「神様がわかった?」
予想外の展開に戸惑い、思わずフェイに聞き返す。
「鍵を握るのは聖紙の一節です。『神は人と同じ姿をしていますが、人にはできないことを可能にする超自然的な力を持ちます』——この条件を満たしていれば、それは紛れもなく神様です」
聖紙の記述を信じるなら、その論理は正しい。
「神様の特徴に当てはまるのは誰か、わたしは必死に考えました。そして時間切れ寸前に、決定的な手がかりを見つけたんです。それはリュミンさんのカウントダウンです」
「私?」
名指しされたリュミンは、心当たりがなさそうに頭を傾けた。
「はい。具体的にいえば、ラスト五秒を数えた時です。そこに手がかりがありました」
その時の光景を思い返してみる。たしか、リュミンが右手を広げて、外側の指から順に一本ずつ折り曲げて…………ああああああ!
「あー! リュミンちゃん、やらかしてるー!」
メーナも同じ考えに達したらしく、あたふたしながらリュミンに迫った。
「やらかしてるって、何のこと?」
「指だよ、指! 残り五秒をカウントダウンした時、右手の小指から順に折り曲げていったよね?」
「うん。一秒につき一本ずつ」
「それがダメなんだよ〜! 小指を曲げたら隣の指も一緒に曲がっちゃうから、人間にはできない芸当なんだよ〜!」
「……………………あっ」
ようやく過ちを自覚した女神の喉から、短く間の抜けた声が漏れた。
「わたし言ったよね。『ちゃんと人体の構造に沿った動きをして』って。こういうミスを恐れてたんだよ〜」
自分の失敗はもちろん棚に上げて、メーナが今更な指摘。まあ、神様にしてはミスがしょぼすぎるので、文句を言いたくなる気持ちはよくわかる。
「神様はミスをしたわけではありません」
だが、リュミンにまさかの加勢が。
「指を一本ずつ曲げたのはわざとです。神様はわたしに手がかりを与えてくださったんです」
突拍子もない解釈でリュミンを擁護するフェイに対し、メーナは苦笑しながら首を横に振った。
「いやいや、普通にミスだと思いますよ。リュミンちゃん、意外と詰めが甘いところがあって……」
「いいえ、神様は失敗しません。聖紙の内容を思い出してください。『混沌の中にいるあなたの前に、二人の従者をたずさえた神が現れ、救いの手を差しのべます』——この文の『救いの手を差しのべます』の解釈はまだでしたよね。
神様の正体をわたしに教えてくれたのは、リュミンさんの右手です。わたしにとってそれは文字通り『救いの手』でした。リュミンさんは『救いの手を差しのべます』という予言を実現させるために、わざとわたしに手を見せたんです。
以上を踏まえると、神様の正体はリュミンさんで確定です。この結論を補強する証拠もあります。聖紙に『神は矛盾しません』と書いてあるように、リュミンさんの発言に矛盾はないんですよ。
リュミンさんが言葉を発したのは七回だけです。全て振り返ってみましょう。
『どうも、私はリュミン。挨拶のマナーはちゃんと知ってるよ』
『前世と違って、あなたには自由がある。何をしてもいいし、何もしなくてもいい。自分なりの生き方を探してね。応援してるよ』
『残り時間のカウントダウンを始めるよ。あと三分』
『あと二分』
『あと一分』
『あと五秒ねー』
『五、四、三、二、一。はい日没』
以上です。矛盾は全くありません。
逆に、メーナさんは発言が矛盾していたので人間です。同じ理由で、アルミスさんも人間です」
「え、俺も矛盾してたのか?」
「塔の前で蘇生に関する説明をした時、アルミスさんは『転生後、申請を行うまでの間に死んだ場合は、二十歳時の肉体で蘇生が行われます』と言っていました。つまりわたしは転生した時点で、永遠の命を授けられています。神様と会う前から、わたしの魂は神の世界と結び付けられているわけです。
ですが聖紙には『世界が闇に包まれる前に、あなたは神を見いだすでしょう。その時、あなたの魂は神の世界に結びつけられるのです』と書いてあります。つまり、魂が神の世界に結び付けられるのは、わたしが神様と会った後になるはずです。
聖紙を書いたのは神様なので、アルミスさんが神様だとすると、矛盾が生じます。よって、人間です」
あの時よぎった、違和感の正体はこれか。俺たち全員、つまらない凡ミスをしてたんだな。
「リュミンさん、あなたが神様なんですね?」
フェイが静かな口調で問いかける。指で頬を叩きながら無言で佇むリュミンを、俺とメーナは固唾を飲んで見守った。
「考えてるな」
「考えてるね」
「この状況をどうやって覆すつもりだ?」
「リュミンちゃんは神様だからね。きっと、わたしたち人間には想像もつかないような神技で鮮やかな反撃を……」
「正解。私がセグノラの統治者、不死の神様リュミンです」
俺たちの期待を裏切り、女神はあっさりと正体を認めた。少しぐらい抵抗しろよ。
「神様、改めてはじめまして。ピヌマ教徒のフェイ・バネッサです」
長年崇め続けた神を前にして、フェイが恭しく頭を下げる。
「真実を掴めずにいたわたしに手がかりをくださったこと、心より感謝いたします」
「困っている人間を助けるのは、神様の義務だからね。わたしは当然のことをしただけ」
息を吐くように平然と嘘をつく。これが女神の貫禄か。
「一つ確認させてください。メーナさんに偽神を演じるように言ったのはリュミンさんですか?」
「うん、わたしが指示したよ。あなたが本当に信仰心を持っているか確かめるためにね。結果は無事合格。お疲れさま」
長く続いた不毛な戦いがついに終わった。貯まっていた疲労がどっと押し寄せてくる。喉が渇いたし、腹も減った。帰りにメーナを誘って夕食に行こう。
ロースト系の肉料理が食べたいな。付け合わせは白パンとマッシュポテトがいい。食後は紅茶とスポンジケーキを……
「いいえ。まだやるべきことがあります」
そんな俺の夢想はフェイによって粉々に砕かれた。
「聖紙の検証がまだ終わっていません。これから、聖紙の記述がすべて正しいことを証明します」