新しい住人フェイ・バネッサの転生日。俺は集合時刻より早めに転生塔に着き、塔内部の整理をした。
塔の一階には、転生者が出現する召喚室と、身支度を整えるための更衣室がある。召喚室は白い壁だけが広がる空っぽの空間。衣服・缶詰・飲料水・生活マニュアルなど、転生者が欲しがりそうなものは全て更衣室に置いてある。
ただし今日は例外だ。俺は食料品とマニュアルの類いをすべて、更衣室から小屋の中へと運びこんだ。フェイに塔の中でくつろがれても困るし、マニュアルを読んで予備知識を持たれたら計画に支障が出る。
作業はすぐに終わった。塔にもたれかかって休んでいると、通りの向こうからゆったりした足取りでメーナがやってきた。
「人間よ、勤勉に働くあなたに祝福を授けます。その調子で仕事に取り組み、怠惰な生活に別れを告げなさい」
「……なにその喋り方と格好」
メーナは妙に腰の位置が高いワンピースの上に、巨大な袖がついた薄手のカーディガンみたいなものをまとっていた。全体の色は淡いピンクで統一され、白や金の装飾が要所に施された上品なスタイル。髪型は複雑に束ねられ、ジャラジャラしたアクセサリーが頭の周囲を埋め尽くしている。どこかの民族衣装だろうか。
「なにって、神様風の喋り方と神様風の衣装だけど」
いつもの口調に戻って、口紅をつけた唇を尖らせるメーナ。
「そもそもアルミスが言い出したんだよ!?」
先日の話し合いで争点になったのが『メーナは神様に見えるかどうか』。この不毛な議題について、俺は否定派、メーナは肯定派の立場でぐだぐだ議論した結果、『メーナは私服でも神様っぽい(本人評)が、より神様らしく見せるために、神様風の衣装を着て喋り方も神様風にしよう』という妥協案に落ち着いた。あれは本当に無駄な時間だったな。
「わたしが前にいた世界では、神様ってこういうイメージなんだよね。どう? 似合ってる?」
「異常なほど似合ってるけど、似合ってるのが異常」
「う〜ん、複雑な感想をどうもありがとう」
メーナが指を額に当てて、得意げにほくそ笑む。それからふと我に返ったように、
「……じゃなくて『コーディネートが神がかってる』って褒めてほしかったよね」
中身は人間だな、と皮肉を返す前にリュミンが到着。メーナの全身に視線を走らせたあと、芝居がかった動作で親指を立てた。先日の指摘を受けて、動きをつけることを覚えたらしい。
「気合いが入ってるね、感心感心。私の企画に全力で取り組んでくれて、とても嬉しいよ」
「逆に、リュミンちゃんとアルミスからは全くやる気を感じられないんだけど」
メーナが不服そうに、俺とリュミンの姿を交互に観察する。
「確認なんだけど……二人とも普段着だよね?」
もちろん。俺は襟付きのシャツに、素材を揃えたベストとトラウザーズ。リュミンも三日前と同じ、白ブラウスと青ジーンズだ。
「髪型も全然変わってないし……二人とも神様の従者だっていう自覚が足りてないんじゃないかな?」
メーナがリュミンの前に滑るように移動する。
「プラチナブロンドのロングヘアーは従者っぽくないよ!」
続いて俺の前に。
「グレーのショートヘアは従者っぽくないよ!」
清々しいほど主観的な意見だ。
「役に合わせて外見を変えるのは、役作りの基本だよ? ちゃんとわたしは髪型をばっちりセットして、衣装も用意してきたのに」
服を誇示するように、メーナは両腕を肩の高さまで上げた。大きすぎる袖が地面スレスレまで垂れ下がる。
「とくとご覧あれ、この完成度! リュミンちゃん、神様ってこんな感じの服を着てるんでしょ?」
「うん、神界で流行ってたね。二百年前に」
「二百年?」
両腕を伸ばしたまま、メーナが静止する。
「……二百秒前ではなくて?」
「二百年。最新の流行はシンプルな薄着で、装飾過多なファッションは時代遅れになってる」
「…………」
広げた袖をゆっくりと元の状態に戻し、メーナが気まずそうに空を見上げる。
「……もうすぐリバイバルブームが来るはずだから」
「神界にその気配はなさそうだけど」
「……わたしは早すぎたパイオニアだから」
メーナが無言になったので、自ずと沈黙が訪れた。街の時計台を遠目に見ると、時刻は十六時五七分。フェイが転生するまであと三分だ。
「もうすぐ時間だけど、聞いておきたいことはある?」
「はいはーい、ありますありまーす」
リュミンの問いかけに、メーナが元気よく手を挙げる。相変わらず、切り替えは早い。
「今からわたしたちはフェイさんを騙すわけだけど、冷静に考えたら、これって悪いことじゃないかな? 嘘をつくのはよくないし、転生者をいきなり罠にはめるのは人として最低だし。わたしって育ちがいいから、悪事に抵抗があるんだよね」
「悪いことじゃないよ」
「そうなの?」
悩むメーナに、女神が教えを授ける。
「この世に善悪なんてないからね。人を騙してもいいし騙さなくてもいいし、傷つけてもいいし傷つけなくてもいいし、殺してもいいし殺さなくてもいい」
「う〜む、倫理観が人智を超えてきた」
眉間に皺をよせるメーナ。だがすぐに気を取り直したように顔を綻ばせ、
「でも神様が悪くないって言ってるんだし、ま、いっか」
あっさりと罪悪感を放棄したちょうどその時、時計台の鐘が鳴った。十七時、転生の時間だ。
メーナがはじまりの合図を告げる。
「いよいよ本番だね。みんなで協力して、計画を成功させようね! それじゃあ演技スタート!」