メーナ、自白。
証明をやり遂げたフェイは両目をつぶり、大きく息を吸い込んだ。
それから、かっと目を見開いた。
「嘘つき!」
血相を変えて、心に積もった鬱憤を一気に吐き出す。
「悪党! 罪人! 異常者! 恥知らず! 社会の敵! 生物の汚点! 不浄な魂! 神様の対義語! 最底辺概念! 天罰の第一候補!」
「明らかに言い過ぎでは!?」
猛り狂うフェイを、素に戻ったメーナが大慌てでなだめにかかる。
「お、落ち着いてください。初対面の人に暴言を吐くのはどうかと思いますよ」
「初対面の人に神を騙る方がどうかしてるでしょ!」
「あ、あまりにも正論……いやでもこれにはふか〜い訳があるんですよ。わたしはね、本物の神様に命令されたんです。『神のふりをして転生者を騙せー』って。つまり悪いのはわたしじゃなくて、神様なんですよ」
「この状況で、よく責任転嫁できますね! しかも神様の指令を失敗したぁ!? 地を這うゴミ未満の無ですね!」
「罵倒の語彙力が桁違い! 聖職者にしては口が悪すぎませんか!? 前の世界でよく問題になりませんでしたね」
「なりましたよ。ピヌマ教の上層部の連中が『私たちは神の生まれ変わりだ』とか意味不明なことをほざいてたんで、『神は人に能力を分けたりしませんよ。聖紙読めないんですか? 神様の生まれ変わりなのに頭は悪いんですか?』って言ったら、死刑を宣告されました」
「ああ……なんか色々と腑に落ちました」
うなだれて萎むメーナと非難を続けるフェイを尻目に、俺はリュミンに話しかけた。
「バレたな」
「バレたね」
「もう終わりだな。帰っていいか?」
「ダメ。誰が本物の神様かを当てるテストがまだ残ってるからね」
「見破られるのも時間の問題だろ」
「そこで君の出番。私が神様だとバレないように、フェイの思考をかき乱してきてよ」
「なんで俺がそんなこと……」
「メーナは懸命に役を演じてたよ。それに比べて、君はほぼ何もしてないよね? 少しは貢献してもらわないと」
「はぁ……わかったわかった。フェイの邪魔をすればいいんだろ」
「詐欺師! 世界の歪み! 邪悪の擬人化!」
通りの端では、フェイの口撃が継続中。俺は二人に近づきながら、迅速に策を練った。
「卑劣な獣! 虚飾の寄せ集め! 災いの頂点!」
「……なんか感情がわからなくなってきたなぁ……たくさん罵声を浴びたせいで心が麻痺してるのかも」
「闇そのもの! 大地が誕生した時の残り滓! この世の濁りを凝縮して密度をひたすらに高めた……」
「お取り込み中失礼するが」
従者の演技をやめて、俺は普通に声をかけた。
「結局、誰が神様なんだ?」
怒涛の勢いで続いていた暴言の波がぴたりと止まる。
「……いや……それはその……」
口ごもり、視線をさまよわせるフェイ。心の動揺を隠しきれていない。
思った通りだ。現在の状況が聖紙に反することに、フェイも薄々気づいてるんだ。
「……誰が神様かは……まだわかってません」
「それは妙だ。聖紙には『混沌の中にいるあなたの前に、二人の従者をたずさえた神が現れ、救いの手を差しのべます』と記されている。『世界が闇に包まれる前に、あなたは神を見いだすでしょう』ともな。
少し整理してみよう。『混沌の中にいるあなた』は、転生したばかりでわけがわからず混乱していたフェイのことだ。それに続く『二人の従者をたずさえた神が現れ』という記述は、転生塔の前に俺とメーナとリュミンが現れた事実と符号する。
そして『世界が闇に包まれる』はそのままの意味で、夜になることを指してるんじゃないか? つまり『世界が闇に包まれる前に、あなたは神を見いだすでしょう』は『夜になる前に、フェイは神様の正体を知るだろう』と読み替えられる。で、もうすぐ太陽が沈む」
肌にほのかな冷気を感じる。空はいっそう暗さを増し、地上に広がった影がソアベイムの街を黒色に染めていく。
「仮に聖紙が正しいのなら、フェイは神様の正体を突き止められるはずだ。だが、フェイは誰が神様かまだわかっていない。ここで一つの可能性が浮上する」
意を決して、俺は残酷な真実を告げた。
「聖紙の記述は間違っている」
「そんなはずありません!」
体を震わせながら、フェイは声を張り上げた。
「だって聖紙に書かれているのは神様の言葉で……」
「それも聖紙にそう書いているだけだ。記された内容が正しい保証はないし、正しさを証明することもできない。
けど逆に、誤りを示すのは簡単だ。聖紙の記述と合わない出来事を見つけるだけでいい。フェイが神様を特定できなければ、聖紙の信憑性は失われる」
厳密には『世界が闇に包まれる前に、あなたは神を見いだすでしょう』という部分が間違いとわかるだけだが、それは伏せておく。ピヌマ教を信じるフェイにとっては、一文の誤りでさえあってはならない事態。実質的には同じことだ。
「まだ時間はある。夜が来る前に、神様を突き止めてくれ。俺かリュミンか、たった二択だ」
「聖紙に不正確な記述があるなら、わたしが神様っていう選択肢も……」
メーナがここぞとばかりに口を挟む。
「あ、それはないです」
半笑いでフェイにあしらわれたが。
「理屈以前の問題です。あなたは神様に見えません。服装も珍妙だし」
「それは文化の違い!」
「威厳も感じられないし」
「それはただの主観! わたしってそんなに神様っぽくないですかぁ??」
ずっと沈黙を守っていたリュミンもとうとう動いた。
「残り時間のカウントダウンを始めるよ。あと三分」
そう言って、リュミンは右手の指を三本立てた。タイムリミットを突きつけられ、フェイはついに落ち着きを失った。
「聖紙には『あなたは神を見いだすでしょう』って書いてある……神様につながる手がかりがどこかにあるはず……」
記憶を辿るように、同じ場所をぐるぐるとせわしなく歩き回る。だが、答えは得られない。
「あと二分」
フェイの足が止まった。肩は力なく下がり、呼吸は浅い。唇は強く噛み締められている。
「わたしはずっとピヌマ教を信じて生きてきたんですよ! 聖紙は絶対に間違ってなんかいません!」
フェイの悲痛な叫びもむなしく、刻一刻と時は過ぎていく。
「あと一分」
打つ手がないと悟ったのか、フェイはうつろな表情で黙り込んでしまった。
気の毒だが、いつかは聖紙が偽物であることを——ずっと信じてきた物語が虚構に過ぎなかったことを受け入れなければならないんだ。転生は人生の転換点。気持ちを切り替えるいい機会にしてくれ。
「あと五秒ねー」
リュミンが右手の手のひらを広げて前に突き出し、外側の指から順に一本ずつ折り曲げていく。
「五、四、三、二、一。はい日没」
以前リュミンに聞いた話では、この世界の太陽は空を彩るための単なる飾りで、光源は別に管理しているらしい。だからセグノラには、日の入り後の薄明の時間は存在しない。
あっという間に夜が訪れた。
静寂。メーナもリュミンも言葉を発しない。ガス灯の淡い炎が闇の中でかすかに揺れている。
さて、フェイをどんな風に励まそうか。信仰を失って落ちこんでいるはずだ。慎重に声をかけないとな。
そんなことを考えつつ、俺はフェイの様子を伺った。
ところが、ガス灯に照らされて浮かび上がったフェイの瞳には、絶望の代わりに力強い光が宿っていた。
「誰が神様かわかりました」