俺たちは塔の前に移動し、横一列に並んで転生者が出てくるのを待った。神様役のメーナが真ん中に立ち、その両脇に従者役の俺とリュミンが控える形だ。
数分後、正面の扉がギシギシと音を立てながらゆっくりと動き始め、半分ほど開いたところで止まった。扉の隙間から、人の顔がちらちらと見え隠れする。外の様子を伺っているようだ。
「聖女フェイよ、どうぞこちらに来なさい」
メーナが深みのある声色を作って語りかけると、扉の陰でびくっと体が動いた。少し間をおいて、おそるおそるといった感じで扉が開き、転生者フェイが姿を現した。
髪は黒色、背は低め、素朴な顔立ちに穏やかな物腰。いかにも祭服が似合いそうな人だ。
だが今は、俺が準備しておいた転生者用の服と履物——長袖のチュニック・長ズボン・革製のブーツ——を身につけているため、聖職者というより世俗の商人みたいだ。
緊張でおどおどしているフェイに、メーナが厳かな足取りで歩み寄る。
「ようこそ神の世界へ。わたしは女神メーナ。生きとし生けるものの頂点に位置する、永久不滅の矛盾なき存在。超越した力と比類なき知識で世界を統べる絶対の支配者。天も地も森も海も山々も、全てわたしが無より生み出したもの。そんな万物の創世主たる至高の化身が、あなたの目の前に立っているのです」
冗長だ。けどそれが逆に崇高な雰囲気を醸し出しているので、悪くはない。
「フェイ、あなたは信仰を守り抜き、神の教えを広めた者だけを受け入れるこの世界にたどり着きました。最初の祝福として、あなたに神の世界の永住権を授けましょう」
メーナがフェイに手をかざす。台本によると、これは『掌から神秘の力を送りこむイメージ』らしい。何も出ていない右手を、信心深いフェイは熱心に見つめている。
「……はい、完了です。あなたの魂は神の世界に結びつけられました。おめでとう、聖女フェイ。長い旅路の末に、あなたの人生は悠久の時の流れと交わりを果たし……」
「神様! お会いしたかったです!」
突如放たれたフェイの第一声。興奮で声はうわずり、体は小刻みに揺れている。
「ここが神の世界ですか! やはり、聖紙の言葉は正しかったんですね。『神の教えを広めた賢い者は、死後すぐに神の世界へと導かれます』『あなたの魂は神の世界に結びつけられるのです』……何度も読み、何度も唱えたことを、実際に体験できるなんて感動です! わたし感動してます! どんな圧力にも屈さず、信仰を貫いたかいがありました!」
セリフに割り込まれた件には触れず、メーナは神様にふさわしい温かな微笑みを返した。
「あなたのことはずっと見ていましたよ。とても辛い目にあいましたね」
「そうなんです! 十年以上がんばって布教活動をしてきたのに、ちょっと教団の悪口を言っただけで死刑を宣告されたんです。無神論者の二人とまとめて裁判にかけられて、一人目が殺され、次の日に二人目も殺され、その翌日ついにわたしの番が回ってきたと思ったら、突然嵐が襲ってきて処刑が延期! しかも四日間も! 五日目でようやく天気が晴れて、湖の中央にあっさりと沈められました。湖の毒で感覚が麻痺したまま、巨大魚に全身を食いちぎられながら溺れた時の恐怖は決して忘れません」
「それは大変でしたね。どんな苦境にもめげず、神を信じ続けたあなたは賢い人間です。
聖紙にもあるように『賢い者は常に賢く、愚か者は常に愚か』です。生まれてから死ぬまであなたは常に賢かった。だから神の世界に来れたのです。わたしの隣にいるのも、あなたと同じく賢い者たちです」
メーナは片手で、優雅に俺を指し示した。
「わたしの忠実なるしもべを紹介します。この男はアルミス。事務処理能力・問題解決力・格闘術といった多彩なスキルを発揮しないことに定評があります。毎日仕事をする代わりに、大量の紅茶を飲みながらパズル本を読んでいます。基本的に動くのが嫌いで、止まっているのが好きです。主な生息地は椅子とベッドです」
そんなセリフ、台本にはなかったはずだが……まあいい、終わったら問い詰めてやる。
「はじめまして、アルミスです。神の従者を務めております」
従者風のかしこまった口調で、社交的に挨拶。俺がお辞儀をすると、フェイもお辞儀を返してきた。
「そしてこちらはリュミン。色々な場所に前触れなく顔を出しては、無理難題を押し付けてくるともっぱらの噂です。常軌を逸したコレクター気質で、所有欲が非常に強いです。なぜか公式のファンクラブがあります」
フェイが再びお辞儀をするが、リュミンはなぜか無反応。
無言で突っ立っている女神に、メーナが耳打ちでアドバイスを送る。
「リュミンちゃん、態度が神様すぎるって。人間役なら、挨拶にはちゃんと挨拶で返さなきゃ」
十秒以上遅れて、リュミンは思い出したように深々と頭を下げた。異様なほど深くお辞儀をしたせいで、顔が膝にめりこんでいる。
「どうも、私はリュミン。挨拶のマナーはちゃんと知ってるよ」
予定では『私も神の従者です』と言うはずだったのに、こっちも台本無視。マナーを知ってることを、わざわざ相手に伝えてどうする。
案の定、フェイは怪訝な目つきで、膝と鼻を密着させたリュミンを見下ろしていた。
まずい、このままだと早々に正体がバレかれない。できる限り、リュミンには喋らせない方がいいな。人間初心者丸出しだ。
リュミンの失態をごまかすように、メーナがわざとらしく咳払い。
「さて。転生者のあなたは今日から神の世界で生きていくわけですが、知識がない状態で生活を始めるのはさぞかし不安でしょう。そこで、卓越した頭脳を持つわたしが、この世界の常識を伝授してあげます」
「神様に直々に教えてもらえるんですか!? とても光栄です!」
「ではまず基本事項を。この世界の名前は『セグノラ』、あなたが出てきたのはセグノラの入口『転生塔』。神の世界に来たすべての転生者は、この塔を起点に新しい人生を始めるのです。そして転生塔は世界の中心に位置する街『ソアベイム』のはずれに建っています」
メーナが話した内容に嘘は含まれていない。事前の打ち合わせで『世界の説明をする時は本当のことを喋る』と決めておいたからだ。こんな風に、嘘の中に事実をほどよく混ぜるのが、人を騙すコツだ。
「ソアベイムには転生者用の物件が用意されているので、まずは部屋を借りましょう。そのままこの街に定住する人もいますし、生活に慣れてきたら違う街に引っ越す人もいます。どこに住むかはあなた次第です。じっくり考えてみてください。
最初のうちは、戸惑うことも多いでしょう。あなたが元いた世界とは、文化も価値観も大きく異なりますからね。特に、死生観は正反対です」
「死生観……ですか?」
「はい。なんと神の世界セグノラでは、人は死んでも蘇るのです!」
まるで自分の手柄みたいに、堂々と語るメーナ。意外に女神役が合っているのかもしれない。
「どうです、驚いたでしょう? 死は終わりではなく、時々起きるライフイベントに過ぎません。心臓が止まり、体が朽ち果てても、あなたには新しい肉体が与えられます。事前に申請しておけば、復活時の肉体年齢を指定することもできます」
俺もセグノラに転生して以来、死と蘇生を不定期に繰り返して現在に至っている。俺だけじゃなく、この世界の住人はみな、不死の神に永遠の命を授けられた者たちだ。当然、メーナもそう。
「とはいえ、ずっと同じ世界にいるのも退屈でしょう? わたしは優しい神様なので、人間たちを拘束するつもりはありません。異世界への転生は、申請すればいつでも可能です。いくつかの世界を転々とするのも許可します。ただ最終的には、セグノラに帰ってきてもらいますよ」
「あ! 聖紙に記されていた『あなたの魂は神の世界に結びつけられる』の意味がようやくわかりました! 魂がセグノラに結びついているおかげで、人は死んでも復活できて、他の世界に転生してもいつかは戻ってくる……ということですね?」
上手くこじつけたフェイに対し、メーナがゆったりと頷く。
「ええ、その解釈で合っていますよ。やはりあなたは賢い人間ですね。他に聞きたいことはありますか?」
「はい。もしもわたしが申請をせずに死んだら、どうなるんですか?」
「えっ」
想定外の質問だったらしく、メーナの口から素の声が漏れる。
「……どういう意味でしょうか」
「神様はさきほど、事前に申請しておけば自分の好きな肉体年齢で復活できると言ってましたよね。けど、わたしは転生したばかりで、まだ何の申請もしていません。仮に今死んだらどうなるのかなと、ふと疑問に思いました」
「…………」
柔和な笑みを顔面に貼り付けたまま、メーナが硬直する。
どうやら答えがわからないらしい。特殊なケースではあるので知らなくても不思議ではないが、メーナは全知の神様役だ。返答に詰まるのは好ましくない。
俺がさりげなく目配せすると、メーナはそれを察したのか、こちらに首を回した。
「わたしが話してばかりでは退屈でしょう。アルミス、教えてあげなさい」
おっ、ナイスアドリブ。これならフェイも怪しまないだろう。
「では、女神様の代わりに説明させていただきます。転生後、申請を行うまでの間に死んだ場合は、二十歳時の肉体で蘇生が行われます。ただし、人によっては二十歳になる前に死んだ転生者もおりますので、その場合は転生前の死亡年齢で蘇ることになります。
なお、初転生時の肉体年齢も二十歳に設定されております。二十歳以前に死んだ場合は、蘇生のケースと同様です」
「さすがアルミス。明快かつ簡潔な説明でした。あなたは優秀な従者ですね」
ほほほ、と淑やかに笑ってから、メーナは再び正面を向いた。
「他に質問は?」
「はい。わたしは女神様たちと普通に喋ってますけど、どうしてセグノラの言語を理解できてるんですか」
「これは少し解説が必要ですね。実は、すべての人間の脳にはセグノラの公用語『潜在言語』の翻訳能力が、生得的に備わっているのです。脳の奥底に眠る秘められた力は、セグノラに来ると自動的に覚醒します。潜在言語を聞くと、母語に変換された文字列も頭に浮かぶでしょう? 逆に、母語で思考すると、潜在言語での思考も同時に行われるはずです。
潜在言語はありとあらゆる世界の全事象を表現可能な言語です。微妙なニュアンスや文脈に応じて語彙が事細かに設定されているので、単語の数は膨大です。ゆえに、母語が異なる話者同士であっても、滞りなく意思疎通ができるわけです」
「なるほど。人間が生まれつき持っている能力だから、聖紙の一文『神は人に自身の能力を分け与えたりはしません』には抵触しないんですね」
「ええ、その通りです。まだ質問はありますか?」
「少し話は戻るんですけど、転生者用の部屋はどこで借りればいいんでしょうか」
「よい質問ですね。不動産に関する契約は『住宅管理局』が担当しています。口で説明するより、実際にやってみた方が早いですね。これから一緒に住宅管理局へ行って、手続きをしましょう」
「ありがとうございます! 神様は慈愛に満ちた本当に素晴らしい方です!」
「いえいえ、元々その筋書き……じゃなくて予定だったのです。転生者が来ることは、前もって住宅管理局に伝えてあります。では、参りましょうか」
メーナとフェイが先に歩き出す。現時点では、リュミンが若干怪しまれたぐらいで、計画は台本通りにうまく進んでいる……はずなんだが。
なんか引っかかるんだよなあ。どこかでミスをしたような、失言をしたような……。
念のため、リュミンに確認しておくか。
「なあ、さっき俺がフェイに、申請前に死んだらどうなるか説明しただろ? あの説明、間違ってないよな?」
「正しかったよ。基本的には二十歳、その前に死んだ人は死亡時の年齢で蘇る。どこもおかしなところはなかったけど……どうかした?」
「いや、たぶん気のせいだ。忘れてくれ」
会話を切り上げた俺たちは、談笑しながら先を歩く神様もどきと転生者を追いかけた。