裏1−2 三人で作戦会議

「おはよう、メーナ。なんだよ神様気分って」

 子犬のような勢いで小屋に入ってきたのは、俺と仕事場を共有している小説家のメーナ。

 ワインレッドを基調とした煌びやかなロングドレスに、花飾りのついたハット。首には銀製のペンダントをつけ、流行りのアイテムをほどよく取り入れたファッションを華麗に着こなしている。

「おはよう、アルミス。実はね、昨夜素晴らしい夢を見たんだよ〜」

 メーナがにこにこしながら、帽子かけにハットをそっと置く。そして、よく通る甘い声でまくしたてた。

「ある日、わたしが自宅でティータイムを楽しんでいたら、超美声のかっこいい神様が部屋に現れてね。『君は聡明で優しく、勤勉で努力家で、かわいいうえに教養もあって、気品と情熱に満ち溢れたあまりにも素晴らしい人間だ』って褒めてくれたの!」

 メーナは大げさに両手を上げた。全身から喜びがほとばしる。

「しかも『君は人間の枠に収まる存在じゃない。神様になるべきだ』って、勧誘までされちゃって。わたしはその大役を快く引き受け、神様から万能の力を授けられ、まばゆい光に照らされながら天上の世界に迎えられる……という絶妙なタイミングで目が覚めたんだよね。いやぁ、朝から大満足」

 余韻を味わうように、頬に手を添えて目をつぶるメーナ。いつもどおり無駄な動きが多いし、いつもどおりよく喋る。

「それって正夢かもしれないよ」

 例の計画についてリュミンが伝えると、メーナはほんわかした表情で、

「つまり、わたしに女神役をやれと。わたしはまるで女神みたいな人間だと」

 自己肯定感が高すぎる解釈をした。リュミンは特に反応は示さず、

「ちゃんとご褒美も用意してるよ。もし転生者を最後まで騙し通せたら、メーナに神様の力を授けてあげる」

「えーっ! ほんとに神様になれるの!」

 メーナの両目がキラキラと輝く。俺と違って、明らかにやる気満々だ。

「期間限定だけどね。その間は、世界を創るのも壊すのも思うがまま。時間を操作して、原稿の締め切りを延ばすこともできるよ」

「特典がすごすぎる! これはもう全力でやるしかないね!」

「女神役はメーナにぴったりの役だから、期待してるよ」

「たしかに適役かも! 神様みたいなルックスだってよく言われるし、元の世界では王族だったから風格も備わってるし」

 認めるのは癪だが、メーナは高身長で姿勢もよく、細長い首、楕円形の小顔、ややタレ気味のくりっとした目、形の整った高い鼻、薄い唇、艶のある黒髪などなど、人目を引く要素が多い――風格はともかく。

 上機嫌で鼻歌を歌っているメーナに聞こえないように、俺はリュミンの耳元で囁いた。

「なあ、人間を神にするなんて、ほんとに許されるのか?」

「許されるけど、今回はやらないよ。さっきのはメーナのやる気を引き出すための大嘘。ちなみに、メーナが夢を見たのは偶然じゃなくて、寝ているメーナの意識を私が操作したから」

「ほぼ洗脳だな。別にいいけど」

 当の本人は、鏡の前でのんきに前髪を整えている。

「神様になったら、ピンク色の山脈とか作ってみたいな〜」

 少しかわいそうだが、心が痛むほどではない。気にしないでおこう。

 紅茶で一服したあと、メーナを神様だと信じこませるための作戦会議が始まった。三人でテーブルを囲み、俺はソファに座ったまま、メーナは自分の仕事机から持ってきたアームチェアに腰かけ、立ちっぱなしのリュミンの話に耳を傾ける。

「まずは、転生者が住んでいた世界について。世界の名前は『ガラサーン』、基本的な自然法則はこの世界と同じ。ただし魔法や超能力はないし、人魚とか獣人のような亜人種もいない。科学技術の水準はガラサーンの方が少し遅れてて、電池は発明されてるけど実用化はまだ。上下水道は未整備。照明は今でもロウソクが主に使われている。
 次に、転生者のプロフィール。姓はバネッサ、名はフェイ。出身は『エクテヴィネ帝国』。ごく普通の商家に生まれ育った彼女は、若い頃に『ピヌマ教』という宗教に出会い、教えに感銘を受けて信徒になった。巧みな弁論術で信者の獲得に貢献し、ついたあだ名が『舌の聖女』。繰り返しになるけど、最後は教団に逆らって処刑された。
 その死に様がかなり壮絶でね。処刑場は、町一つ分ぐらいの広さがある帝国最大の湖『ホテン湖』。この湖の水は触れたら死ぬ猛毒の液体で、湖面はどこも毒霧に覆われていて、水中には毒に耐性のある凶暴な肉食魚がたくさん泳いでる。そんな死の湖の真ん中に、フェイは沈められたんだ」

「溺死に毒死に捕食死……死因の奪い合いだね」

 メーナが感想をぽつり。どうでもいいだろ、死に方なんか。

「最後はピヌマ教の解説。ピヌマ教はエクテヴィネ帝国で最も人気がある宗教で、名前がわからない神を信じる一神教。謳い文句は『神の教えを広めた者は神の世界に行ける』。国家権力との結びつきも強くて、準国教のような扱いを受けてる。ただ最近は『私たちは神の生まれ変わりだ』って上層部が自己主張を始めたせいで、盛大に迷走中」

「一神教なのに複数人に生まれ変わるの独特だね。ピヌマ教って聖典はあるの?」

「そう言うと思って」

 リュミンは何もない空中から褐色の紙を二枚取り出した。

「はい、これ。ピヌマ教の教義がまとめられた聖紙。翻訳して持ってきたよ」

「聖紙?」

 メーナがきょとんとした顔で、首をかしげる。

「聖典じゃなくて……紙?」

「そう、紙。最初の頃はピヌマ教も分厚い聖典を使って布教してたんだけど、文字数が多すぎて誰も教義を読もうとしなかった。そこで教団の広報担当者が、聖典の内容を一ページにまとめて配ったところ、これが大ヒット。万人ウケを狙って、親しみやすい口語体で書かれていたのもよかったみたい」

「なるほどぉ〜。やっぱり、わかりやすさって正義だよね」

 納得したようすで、聖紙に目を落とすメーナ。俺も紙を受け取り、ピヌマ教の教義を読み始めた。

 ◆ ◆ ◆ ◆

 この紙には神の言葉が書かれています。

 神は全知の存在です。神は矛盾しません。神は人と同じ姿をしていますが、人にはできないことを可能にする超自然的な力を持ちます。ただし、神は人に自身の能力を分け与えたりはしません。人が神の力を使うことは絶対にできないのです。

 人は二種類に分かれます。神の教えを広める賢い者と、広めない愚か者です。賢い者は常に賢く、愚か者は常に愚かです。賢さと愚かさが混じり合った人はいません。

 神の教えを広めた賢い者は、死後すぐに神の世界へと導かれます(神の教えを広めない愚か者は神の世界に入れません)。混沌の中にいるあなたの前に、二人の従者をたずさえた神が現れ、救いの手を差しのべます。世界が闇に包まれる前に、あなたは神を見いだすでしょう。その時、あなたの魂は神の世界に結びつけられるのです。

 ◆ ◆ ◆ ◆

「まとめると『布教をがんばって幸せになりましょう』って感じかな」

 俗っぽい教義をさらに俗っぽく要約するメーナ。残念だが、大体それであってる。

 頃合いを見計らって、リュミンが解説を再開する。

「ピヌマ教の成立には、本物の神様は一切関わってない。聖紙に書かれたことも当然ただのデタラメで、『神は全知の存在です』『人にはできないことを可能にする超自然的な力を持ちます』の二箇所だけ偶然合ってるけど、あとは全部間違い。真に受けないでね。
 説明は以上。そろそろ本題に入るよ。どうやってメーナを神様だと思わせる?」

 すぐさまメーナが意見を出した。

「友達に魔道具を貸してもらって、わたしが宙に浮くっていうのはどうかな?」

「言い忘れてたけど、超常的な力をメーナが使うのは禁止ね。それだと簡単に転生者を騙せるから。メーナにはあくまで人間の範疇で、神様を演じてもらうよ」

「まさかの縛り演技! じゃあリュミンちゃんも、人間を演じる時は全知の力を抑えておいてね」

「全知を? どうして?」

「だって何でも調べられるなら、うまくいくに決まってるよね。それってフェアじゃなくない?」

「一理ある。いいよ、全知は使わないでおく」

 しばらく真剣に考えたうえで、俺も私見を述べた。

「はっきり言って、メーナは神々しくない。演出は大げさにやるべきだ。豪華な衣装を着るとか、荘重な言葉遣いで喋るとか」

「えっ。アルミスって、人を見る目がない人なの?」

 メーナが心底驚いたようすで、テーブルから身を乗り出す。

「神秘的なオーラをまとってるはずなんだけど、感じない?」

「感じる。年に三回ぐらいなら」

 メーナが両目を細めて、抗議の視線を浴びせてくる。

「……この件については後で議論するとして、わたしの案を言うね。転生者のフェイさんはピヌマ教の信者で、教義を信じてるんだよね。じゃあ、聖紙の内容に合わせて、三人で演技すればいいんじゃないかな。例えば『二人の従者をたずさえた神』って書いてあるから、アルミスとリュミンちゃんは従者役で……」

 九十分ほどかけて具体的な計画を詰め、ようやく会議終了。大まかな流れとセリフは、メーナが原稿用紙にまとめてくれた。

「設定も台本も満点、あとはボロがでないように演じるだけ!」

 体の前で小さくガッツポーズし、メーナが俺の前に台本を置く。

「はいこれ、アルミスの分。人間が人間の演技をするだけの簡単なお仕事」

 同じようにリュミンにも。

「がんばって人間のふりをしてね。宙に浮いたり、変身して竜とか牛とかになったりしちゃダメだよ」

「任せて。転生者に怪しまれないように、完璧に人間を演じ切るよ」

「うーん、でもリュミンちゃんって、なんとなく人間味に欠けるんだよね。もっと身振り手振りを増やした方がいいんじゃないかな、わたしみたいに」

「メーナみたいに?」

 リュミンは真顔で応じた。

「メーナは人間の平均値から大幅に外れてるよ」

「はい、今のはダメー! 人はそんな風に、さらりと心を抉ることは言いませーん!」

 リュミンを指差した手を握りしめ、メーナはそのまま拳を突き上げた。

「とにかく、全身で話そう!」

「わかった。喋る時はできるだけ体を動かすようにする」

「あ、でも、ちゃんと人体の構造に沿った動きをしてね。自覚はないかもしれないけど、たまにありえない方向に首が曲がってるよ。あれ、すごく痛そう」

「痛くはないね。見た目が人間なだけで、骨格や神経は無視できるし」

「うん、だからそれをやめようね」

「大丈夫、大丈夫。女神様は失敗しないよ」

 自信たっぷりなリュミンに背を向けて、メーナがぼそぼそとつぶやく。

「心配だなぁ……リュミンちゃん、時々致命的な凡ミスをやらかすし……不安だなぁ……」

 しばらく雑談してから、その場は解散となった。メーナは食事会に出かけ、リュミンは瞬間移動でどこかへ消えた。

 そして三日後、俺たちは本番の日を迎えた。