1−1 女神様の改革案

「今日は何の用だ?」

「転生者の労働意欲を上げたいから、ちょっと手伝ってくれない?」

「は?」

 世界の中心に位置する街、ナグユラカのはずれに建つ転生塔。その隣にある管理人小屋で、俺は女神リュミンと向かい合っていた。リュミンはノースリーブの白いブラウスに青いジーンズという、いつもの軽装だ。

「……よくわからないけど、なんで俺に頼むんだ」

「それはもちろん、君が世界で一番暇だから」

 諭すような口調で、リュミンは語りかけてくる。

「君の職業は?」

「転生塔の管理人」

「仕事の内容は?」

「塔の中の掃除と消耗品の補充」

「頻度は?」

「三日に一回。だいたい四十分ぐらいで終わる」

「ほら暇だ。時間が余ってる人に助けを求めるのは、当然だと思わない?」

「思わない。悪いけど、他を当たってくれ。仕事なら前世で飽きるほどやった。今はのんびり暮らしたいんだ」

「永遠の命があるのに?」

「ああ。永遠にだらだらと過ごしていたい。心はいつでも休日」

「なら、一日ぐらい付き合ってくれてもいいよね?」

 ったく、こっちが折れるまで帰らないつもりだな。話を聞くしかなさそうだ。

 俺は一人掛けのレザーソファに座り、テーブル越しに改めてリュミンの姿を見た。

 極端に整った顔立ち、極端に整った体型。

 髪はプラチナブロンドのロングヘア。

 外見を自由に変えられるリュミンが、その力を乱用して作った人間態だ。美形なのは確かだが、個々のパーツも全体のバランスも完璧すぎて、違和感がすさまじい。もはや不気味ですらある。

 全身から漂う超然とした雰囲気もあいまって、人間らしさは皆無。今も腕を組んだまま、身じろぎひとつせず、俺にじっと視線を注いでいる。

「で? 転生者の労働意欲を上げたいって、どういう意味?」

 俺が尋ねると、リュミンはようやく説明を始めた。

 女神曰く、転生者は就職に対するモチベーションが異常に低い。

 せっかく新しい世界に来たのに、なかなか仕事に就こうとしない。

 リュミンはこれを由々しき事態と考え、新入りの転生者たちに聞きこみ調査を行ったらしい。結果、主な理由は三つあるとわかった。

 理由その一、元いた世界と文化が違いすぎる。異世界に慣れるだけでも大変なのに、仕事を探す余裕なんかない。

 理由その二、前世で身につけた能力が役に立たない。新しい仕事を一から覚えるのも、正直めんどくさい。

 理由その三、目標がない。死ぬ予定で生きてきたのに、もう一度人生を与えられても持て余す。

「なるほど、たしかに俺も似たような感じだったな。転生した直後はやる気が出なくて、毎日ふらふらと過ごしてた」

「君は今でもやる気がないけどね。それはさておき、私はこの問題を解決したい。転生者には、転生したらすぐに働いてほしい」

 おもむろにリュミンは窓の外に顔を向けた。青く晴れた空の下、鉄骨の構造物にゴテゴテした装飾がついた転生塔がそびえ立っている。

 この世界に送られてきた転生者の魂は、塔の中で肉体の再構成を受ける。

 ただし服は再現されないし、事前の説明も一切ない。転生者は、全裸でいきなり未知の世界に放り込まれるわけだ。

 そんな哀れな客人のために、仮の衣服と、街でやるべき手続きをまとめたマニュアルと、腹ごしらえ用の軽食と水を用意するのが俺の仕事だ。

「転生者を就職させたいのはよくわかった。けど、どうやって実現するんだ?」

「まずは、実験も兼ねてゲームをしようと思ってる」

「ゲーム?」

 突然、雲行きと論理が怪しくなってきた。

「ルールは簡単。最近別の世界で死んだ人間の魂を私が保管してるから、五日後この世界に転生させる。転生者を説得したり煽ったりして、仕事に就かせることができれば成功、できなければ失敗。制限時間は二時間。どう? 楽しそうでしょ?」

「なんだその雑なアイデアは」

「ちなみに、私はゲームには参加しないよ。転生者の様子を外部から観察して、今後のためにデータを集めたいから」

「結局、人任せかよ」

 俺は大きくため息をつき、テーブルに置いてある手帳を開いた。

「転生は五日後だったな」

 ページをめくり、予定を確かめる。

「五日後、五日後…………ん、その日は先約があるな」

「へえ、珍しいね。どんな用事?」

「蒸気船で開かれるパーティーに行くんだ。主催者は発明家の団体で、新作のタイプライターと自転車をそこで発表するらしい。出かけるのは早朝、帰ってくるのは真夜中だ。残念だけど、俺は手伝えそうにないな」

「嘘はよくないよ。君の予定は七日先まで空いてるはずだし、開催時間が長すぎる変なパーティーは、そもそも存在しないよね? 神様は騙されないよ」

 チッ、全知の能力で調べやがったな。俺はほぼ真っ白な手帳をテーブルの隅に放り投げた。

「わかった、やればいいんだろやれば。ただ、そのゲームに俺一人で挑むのは、さすがに厳しい。準備も必要だし、一人だとできることに限界がある」

「安心して。もう一人誘うつもりだから。君と違って、労働の大切さを理解してる適任者をね」

 その時、小屋の扉が開いて、場違いなほど明るい声が響き渡った。

「おはよー! 今日も元気にお仕事がんばろー!」

 どうやら、適任者が到着したようだ。

次話へ